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眼科医 服部匡志が情熱大陸に出演 ベトナムでの無償治療に密着

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10年前の2006年4月9日、TBSの「情熱大陸」である1人の眼科医が紹介されました。その医師の名は、服部匡志、当時42歳。

卓越した内視鏡技術を持つ、凄腕の眼科医です。服部医師がなぜ情熱大陸で取り上げられたのか。

それは無償でベトナム医療界に尽くし、文字通り光をもたらした素晴らしい偉業を続けているからです。

それから10年の月日が流れた今、再び情熱大陸に出演することが決まっています。

 

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服部匡志という人物

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服部医師は特定の病院に席を置く勤務医ではなく、かといって開業医でもありません。日本には珍しい「フリーのお医者さん」です。

北は盛岡から南は鹿児島へ、全国津々浦々に足を運び、白内障手術や最先端の内視鏡を駆使した糖尿病網膜症や網膜剥離など、難しい手術をこなします。

服部医師はそうして日本国内で稼いだお金を持ち、月の半分はベトナムへと渡るそうです。

そして200~300ドルほどのそうした手術代が払えず失明寸前となっているベトナムの人たちのために、無償で手術を行っているんだとか。

また、自らが手術を行うだけではなく、ベトナム医療界発展のため、後進の医師たちの技術指導にも精力的に行われています。

2006年当時の話ではありますが、服部医師の年収は400~500万円ほどだったとか。本来であれば大病院に勤務するか、個人で開業していておかしくない腕前の医師であり、年収も数倍あっても不思議ではない方です。

しかし服部医師は、日本で稼いだお金を費やしてベトナムの人たちを救っています。ベトナムの患者からは報酬はまったくもらわずに。どうしてそこまでできるのでしょうか?

 

服部医師の信念とは

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2006年放送当時、情熱大陸の中で服部医師は「患者は家族と思え」という信念を述べています。

ご自身の父親を病で亡くした服部医師は、父親が入院していた病院の医師に心無い一言をかけられ、自分は患者を何よりも優先する医師になろう、そうあるべきと思われたのだそうです。

どうでしょうか?医師でない一般の人であったとしても、私財をなげうってでも他人のために身をけずることはできるものでしょうか?

服部医師はベトナムでの医療従事を開始してから、過酷な環境・スケジュールによりヘルニアを患い、さらに適切な初期治療が行えなかったため今でも辛い痛みと戦っているそうです。

それでもなお、服部医師はベトナムの人たちが光を失わないため、ベトナムと日本を往復する日々を送っていらっしゃいます。

 

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世界がたたえる功績

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その功績のすばらしさから、服部医師は多くのメディアで紹介され、さらに国内外から数多くの賞を授与されています。

2006年 第16回宮沢賢治イーハトーブ賞受賞
2007年 ベトナム保健省より人民保健勲章を受章
2008年 全国日本学士会よりアカデミア賞、世界平和研究所より中曽根康弘賞奨励賞を受賞
2012年 国際社会で顕著な活動を行い世界で『日本』の発信に貢献した業績をもとに、外国人プレス関係者により構成される、世界で活躍し『日本』を発信する日本人プロジェクトより、内閣府から世界で活躍し『日本』を発信する日本人の一人に選ばれる

 

~まとめ~

自分が持つすべての力で他人に尽くすこと、そして患者一人一人をまるで自分の家族のように思い、労わる心。こうした素晴らしい人の活動を、私たちも忘れてはいけませんね。

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